今週は、命の洗濯に、ちょっと小旅行に行ってきました。
足腰が丈夫でないと、登れません。
今のうちと思って、思い切って出かけました。
本当に久しぶりに、仙台から仙山線に乗って、山寺駅に降り立ちました。

猛暑にもかかわらず、たくさんの人が訪れていました。
若い頃登って、頂上だと思っていた五大堂より上の世界も体験できました。

この有名な景色、ここまでしか来た事なかったのです。
さらに上の世界があったのです。
詳しい報告は近日中に、「黒柴ひめちゃんの葛塚村だより3」で(^-^)/
ひめちゃんは、良い子でお留守番出来たようです。
今夜は、おかあさんと夜の散歩を楽しみました。
玄関灯のツバメたちは、旅立ってしまったようです。

また来年も来てくれるかな。
「善昌寺縁起」 続きです。
前回までは、分からなくなると困るから記録しておく戒名でした。
主にというか、ほとんど新田氏の支流の人々です。
舟田善昌だけ、ちょっと異質の感じが有ります。
まあ、いいわけとして、義貞夫人の父と言うことですけど、そんなことはなく、あくまでも家来、新田一族ではなかったはずですけど。
次は郎従石碑ということです。
郎従石碑
台林?? 宿老 舟田長門守
得巌円意 四天王 栗生左衛門
衍岩穏泉 同 畑六郎左衛門
円巌義光 同 篠塚伊賀
木有哲翁 同 亘新左衛門
難解語句です。
郎従 ・・・平安期以降,武者や国司(こくし)に仕えた従僕の総称。類語に〈郎等(ろうとう)・従類〉などがあるが,郎従はこの郎等・従類を含んで用いられる場合が多い。郎従は,主人と主従関係をもつ家の子(血縁関係がある者),伴類(ばんるい)(関係性のやや弱い)などで構成される武士団のなかで,中核をなす従者であった。
石碑・・・ 墓石。石塔。
この部分は、舟田善昌、しっかり郎従の扱いです((((;゚Д゚)))))))
一貫していないのか、はたまた筆者が違うのか?
実は、元々の文書は、郎従は修正後の文字で、その下に何か文字があります((((;´・ω・`)))
残念ながら、判読不能です(´・_・`)
四天王はそれなりにみんな有名人です。
ただ、上野国の住人は、栗生左衛門と篠塚伊賀です。
何年か前にそのゆかりの地を訪ねてあります。
篠塚伊賀守については、邑楽郡邑楽町篠塚の大信寺を訪ねました。
太平記関連の錦絵・特に篠塚伊賀守の錦絵を集められていると言うことで、何枚も見せて頂きました。
邑楽町篠塚が名字の地ですね(^-^)/
栗生左衛門頼方は、勢多郡黒保根村(桐生市黒保根町)の山奥、栗生神社に祭神として祀られています。
ただ彼の出自には、諸説有るようです。
はたして、ここが名字の地なのか?
新田四天王は、後の時代に、新田義貞の家来で特に活躍した4人と言うことで、指名された人々です。
四天王という身分があったわけではありません。
新里のお年寄りの中には、「おらちは山上氏の四天王という高い身分だった」と誇らしげに言う人がいます((((;゚Д゚)))))))
初稿 2021.07.22 FC2ブログ「黒柴ひめちゃんの葛塚村だより」
改稿 2025.07.17